各地の民話・伝説に見る鬼
鬼住山伝説(鳥取県)
「鬼住山」の伝説は、日本最古と言われる鬼伝説で、桃太郎伝説の原型ともされています。
この伝説は、鳥取県西伯郡伯耆町に伝わっています。
鬼住山は、伯耆町にある標高330mの山で、その名前の通り、鬼が住んでいたと言われています。鬼は、鬼住山の中腹にある洞窟に住んでおり、その洞窟は今でも鬼ヶ島大洞窟と呼ばれています。
さて、伝説によれば、昔々、鬼が居座ったとされる鬼住山(きずみやま)には、悪い鬼がたくさん住んでいました。
この鬼たちは、近くの村々に出ては人をさらったり、金や宝物や食べ物を奪って、人々を苦しめました。
これを聞いた第七代孝霊天皇は、早速鬼退治を計画しました。
鬼を退治するために、孝霊天皇が陣を張ったとされるのが、鬼住山の南にある笹苞山です。
孝霊天皇は、鬼住山の隣にある金華山にも登って、鬼の動向を探りました。
そして軍兵を布陣し、人民が献上した笹巻きの団子を三つ並べて鬼をおびき出しました。
まず鬼の兄弟の弟・乙牛蟹が団子を食べにやってきたところを、孝霊天皇は矢で射止めました。
乙牛蟹は、鬼住山に逃げ帰りましたが、その後死にました。
乙牛蟹の死を知った兄の大牛蟹は、孝霊天皇に復讐するために、笹苞山に攻めてきました。
孝霊天皇は、大牛蟹と激しく戦いましたが、大牛蟹は強くてなかなか倒せませんでした。
そこで、孝霊天皇は、刈り取った笹の葉を山積みにして火をつけるという策を思いつきました。
大牛蟹は、火の中に飛び込んで孝霊天皇を襲おうとしましたが、火傷を負って逃げ出しました。
孝霊天皇は、追いかけて大牛蟹を斬り殺しました。
鬼退治に成功した後、人々は喜び、笹の葉で屋根を葺いた神社を作り、その一番の貢献者である孝霊天皇とその一族を祀りました。これが楽楽福神社の起源とされています。
楽楽福神社は、日野郡三楽々福神社の一つとして、日野大社と呼ばれる大変崇敬の篤い神社です。
この伝説は、人間と自然、そして超自然的な存在との関係を象徴しています。
鬼は、人間の恐怖や不安を具現化した存在とも言えます。
また、鬼を封じ込めるという行為は、これらの負の感情や欲望を抑制し、自己の内面を浄化するという意味を持つと考えられます。
「鬼住山」の伝説と「桃太郎」の物語にはいくつかの共通点があり、そのため鬼住山の伝説が桃太郎の原型と考えられています。
というのも、 両方の物語には、鬼を退治するという共通のテーマがあります。また、 桃太郎が犬、猿、雉という三つの動物を使って鬼を退治する物語は、孝霊天皇が笹巻きの団子を三つ使って鬼を退治する鬼住山の伝説と共通しています。加えて、
鬼退治に成功した後、人々が喜び、神社を建てるというエピソードは、桃太郎が鬼島から帰ってきた後に村人たちから祝福を受けるエピソードと共通しています。
また、鬼住山の伝説に登場する孝霊天皇の皇子、吉備津彦命(キビツヒコ)には、桃太郎のモチーフになったとされる鬼退治の伝説があります。これらの共通点から、鬼住山の伝説が桃太郎の原型と考えられています。
鬼住山伝説は、鬼の恐怖と勇敢な英雄の物語として、伯耆町の歴史や文化に深く根付いています。鬼住山や笹苞山には、鬼の像や石碑などが設置されており、鬼の面影を今に伝えています。鬼住山は、ハイキングコースとしても人気があり、山頂からは伯耆大山の絶景が見られます。