鬼の類型

甲州街道訪ね歩き

鬼の類型


 「三吉鬼(さんきちおに)」は、秋田県に伝わる妖怪の伝説です1。この伝説は、江戸時代の女流文学者・只野真葛の著書『むかしばなし』に記述があります。

 三吉鬼は「見知らぬ男」と言われ、酒屋で酒を飲んでそのまま出ていこうとします。
 しかし、そこで男に酒代を請求すると必ず災いに遭い、酒を捧げると酒代十杯ほどの薪が門に積み上がっています。
 それからは、その男だろうと酒をあくまで飲ませれば必ず夜中に代わりの物が積み上がっているので、誰が言うと無く「三吉鬼」と呼ばれました。

 後にはどこかの山の大松をこの庭に移してくれと願をかけて酒樽をささげると酒は無くなり一夜のうちに松の木が庭に植えられています。大名も人力で動かせない品を酒を出して願うと、願いに従って運ぶのです

 三吉鬼に仕事を頼んだ大名として、最も有名なのは、久保田藩の第四代藩主・佐竹義格です。佐竹義格は、元禄15年(1702年)に、藩内の治水工事を行うために、鬼住山の三吉鬼に酒樽をささげました。
 三吉鬼は、酒樽を受け取って、一夜のうちに、川の流れを変えて、水害を防ぐ堤防を築きました。佐竹義格は、三吉鬼の力業に感謝して、鬼住山神社に参拝しました。
 また、佐竹義格は、元禄16年(1703年)に、藩内の道路整備を行うために、再び三吉鬼に酒樽をささげました。
 三吉鬼は、酒樽を受け取って、一夜のうちに、山の中に道を開きました。佐竹義格は、三吉鬼の力業に感謝して、鬼住山神社に参拝しました。このように、佐竹義格は、三吉鬼に二度も仕事を頼んで、藩内の発展に貢献しました。佐竹義格は、三吉鬼に対して敬意と感謝の念を持っており、三吉鬼も佐竹義格に対して忠誠と尊敬の念を持っていたと言われています。

 三吉鬼は、文化年中より三~四十年前より絶えてその者は人里に出なくなってしまったと言われています。
 この三吉鬼の伝説には秋田の太平山に伝わる鬼神・三吉様の信仰が背景にあるといわれています。
 太平山三吉神社の三吉霊神が人間の姿で人前に現れたときには三吉鬼の名で呼ばれたとする説もあります。

 この伝説の寓意については、三吉鬼が人々に災いをもたらす一方で、酒を捧げると恩恵を与えるという点から、人々が自然や未知の力に対する畏怖と尊敬の念を表現したものと考えられます。
 また、三吉鬼が人間の姿で現れるという部分は、神々が人間界と交流を持つという古代の信仰を反映しているとも解釈できます。