各地の民話・伝説に見る鬼
土蜘蛛伝説(鳥取県)
鳥取県の鬼住山には、日子坐王という天皇の弟が土蜘蛛という鬼を退治したという伝説があります。土蜘蛛は、人間をさらって食べる鬼でしたが、日子坐王によって矢で射止められました。鬼の手形が今も残ると言われています。
昔、この地には土蜘蛛という鬼が住んでおり、人々に悪さをしていました。
土蜘蛛は、大牛蟹という兄と乙牛蟹という弟の二人の鬼でした。大牛蟹は鬼住山に、乙牛蟹は南昌山に住んでいました。
土蜘蛛は、人間の娘をさらってきて、鬼の子を産ませました。鬼の子は、人間の姿に変わることができましたが、時々鬼の姿に戻ってしまいました。
鬼の子は、人間の心を持っていましたが、父親である土蜘蛛に虐待されました。
鬼の子は、母親と一緒に逃げ出しましたが、土蜘蛛に追いつかれました。鬼の子は、母親を守るために、土蜘蛛と戦いましたが、力及ばずに殺されました。母親も土蜘蛛に殺されました。
このことを知った第七代孝霊天皇は、土蜘蛛を討つために、弟の日子坐王を派遣しました。日子坐王は、笹苞山に陣を張りました。
日子坐王は、人々が献上した笹巻きの団子を三つ並べて、土蜘蛛をおびき出しました。まず、乙牛蟹が現れて、団子を食べようとしましたが、日子坐王の矢に射られて倒れました。
次に、大牛蟹が現れて、団子を食べようとしましたが、日子坐王の矢に射られて倒れました。しかし、大牛蟹は死なずに、鬼住山に逃げ込みました。
日子坐王は、大牛蟹を追って、鬼住山に入りました。鬼住山には、土蜘蛛の住む洞窟がありました。日子坐王は、洞窟の入口に火をつけて、土蜘蛛を追い出そうとしました。大牛蟹は、火に焼かれて、洞窟から飛び出しました。日子坐王は、大牛蟹に矢を射ましたが、大牛蟹は矢をはじき返しました。日子坐王は、大牛蟹の弱点を見つけることができませんでした。
日子坐王は、天に祈って、神の助けを求めました。
すると、天から剣が降ってきて、日子坐王の手に渡りました。日子坐王は、剣を振って、大牛蟹の首を切り落としました。日子坐王は、土蜘蛛を討ったことを天皇に報告しました。天皇は、日子坐王の功績をたたえて、土蜘蛛の首を鬼住山に埋めて、鬼住山神社を建てて祀るように命じました。
日子坐王は、土蜘蛛の首を鬼住山に埋めて、鬼住山神社を建てて祀りました。日子坐王は、この地に留まって、人々の平和と幸福を祈りました。
この話では、鬼は、人間の敵であると同時に、人間の親族でもあります。鬼は、人間の欲望や暴力を象徴するものとして用いられていますが、同時に人間の慈悲や教えに応えるものとしても用いられています。鬼は、人間の心に触れることで、自分の心も変化させることができるということを示しています。
この伝説は、日本最古の鬼退治の伝説とされています。この伝説は、古事記や日本書紀にも記されており、日本の神話や歴史に深く関わっています。この伝説は、日本の鬼文化の源流とも言えます。