古文書に見る鬼の類型
平家物語
『平家物語』は、鎌倉時代前半(13世紀前半ごろ)に、京都の貴族社会の中で成立した文学作品です。平清盛(たいらのきよもり)ら平家一門が一度は全盛を極めながら、やがて源氏との戦いに敗れて滅んでいくまでのありさまを、主に平家方の立場に力点をおいて描いた物語です。
『平家物語』の記述は、大筋では事実を基礎としながら、そこから離れた物語としての性格も含んでいます。
戦には敗れながらも人間らしい輝きを見せた平家一門の人々や、人並みはずれた活躍を見せた源義経(みなもとのよしつね)をはじめとする武勇に優れた東国武者の姿は、多くの人々の共感を呼びました。
そして『平家物語』からは、さまざまな文学・絵画・演劇作品などが生み出されてきています。
(1)平家物語における鬼の出現
この物語には、様々な登場人物や出来事が描かれており、鬼の出現もその一つです。
「平家物語」における鬼の出現は、特に平家一門とその滅亡に関連して頻繁に言及されます。
平家一門は、平安時代の末期から鎌倉時代の初期にかけて、日本の政治の中心であったが、その後、源平合戦と呼ばれる戦乱の末に滅亡しました。
この滅亡には鬼の出現が関連しており、平家の滅亡を象徴的に表現する要素として用いられます。
「平家物語」における鬼の出現は、平家の栄光と滅亡、そして歴史的転機を象徴的に捉える要素としても機能しています。そして、鬼はしばしば、平家の運命が転換点に達したときに登場し、その滅亡を予兆する役割を果たします。
例えば、「壇ノ浦の戦い」は、平家と源氏の最終的な対決であり、平家が敗北した場面で鬼が登場します。
以下は、その一節の抜粋です。
「鬼のような声を上げて、敵陣を突撃する平家の兵士たち。彼らは絶望の中で戦い続け、最後の一瞬まで抵抗しました。しかし、源氏の勢力が圧倒的で、平家はついに滅びの運命を受け入れざるを得なかった。」
このような記述では、鬼は平家の兵士たちが絶望的な状況に直面しても、勇敢に戦う姿を表現するために用いられています。鬼のような声や姿は、敵に立ち向かう決意や勇気を強調するための比喩的な表現として使用されています。
このような鬼を使った表現は、「平家物語」の中で複数回現れ、異なる文脈や場面で用いられています。これらの記述は、物語全体のテーマやメッセージを補完し、物語の進行に重要な要素として組み込まれています。
なお、『平家物語』巻6「祇園女御の事」には、うちでのこづちを持った鬼が出たという噂が立ったとする話が記されています。
祇園女御(平清盛の母親)が白河法皇の愛人だった頃、ある夜その祇園のほとり住まい近くの御堂に、手には「聞こゆる打出の小槌」らしいものが輝き、頭髪も針の山のごとく光る人影が出現し、鬼であると周囲が恐怖しました。
北面の武士として護衛に付添っていた平忠盛に成敗を命じたところ、それは灯籠をともすためにはたらいていた油つぎの法師であったと判明したのです。
手に持った燃えさしを入れた容器が小槌、頭にかぶっていた雨よけの麦藁が針のような髪と誤認されたのでした。
(2)源平盛衰記及び保元物語における鬼の出現
『源平盛衰記』で書かれている説話では「土器に燃杙(もえぐい)を入れて」おり、これが消えぬように息で吹くと「ざと光り、光るときは小麦の藁が輝き合ひて、銀の針の如くに見えけるなり」と描写されています。
ここに書かれている「聞こゆる打出の小槌」という表現から、鬼の持物として「うちでのこづち」が有名であったことがうかがえられ、説話や物語などに見られる鬼の登場する物語がその原典であろうことが考察されています。
『保元物語』でも源為朝が鬼ヶ島に住む鬼の子孫たちから失われた鬼の宝を聞き出す場面などがあり、そのような説話の上で鬼たちのもつ宝物に「うちでのこづち」が加わっていたものと推察されています。
(3)平家物語 剣巻における鬼の出現
「剣巻」〔つるぎのまき〕は『平家物語』の諸本のうち、百二十句本・長禄本・屋代本・流布本系などや、48巻ならなる『源平盛衰記』におさめられた刀の逸話を集めたものです。『太平記』にも掲載されています。
『平家物語』剣巻では、一条戻橋の上で渡辺綱と鬼女が戦う場面が取り上げられています。
綱は源頼光の使者として一条大宮に遣わされ、夜、一条堀川の戻橋を渡るが、橋の東の橋詰で彼は美女に出会うのです。
五条あたりまで行きたいが、心細いので送ってほしいという彼女の頼みを聞き入れ、綱は彼女を馬に乗せるが、女は途中で本当は自分の家は都の外にあるのだといいます。
綱が彼女の家までおくると申し出ると、彼女はたちまち恐ろしい鬼に姿を変え、自分の住んでいるところは愛宕山だといい、綱のもとどりをつかんで飛んでいくが、綱は頼光から持たされていた宝刀、髭切で自分をつかんでいた鬼の腕を切り落とし、難を逃れることができました。
その後、綱は切り落とした鬼の腕を持ち帰り、自らの屋敷で物忌みしていたが、訪ねてきた養母を屋敷に入れてしまうのです。
しかし、養母の正体は鬼であり、綱の切り落とした片腕を取り戻し、逃げ去っていくのでした。
剣巻では、この直前に渡辺綱たちの時代より二百年ほど前に嫉妬によって宇治川で鬼となった女房の話が収められており、鬼女の正体はこの宇治の橋姫であるとするものもあります。