天狗の変遷
文献に現れる天狗(遠野物語)
遠野物語に登場する天狗は、山の怪の代表格として描かれています。天狗は一本足の下駄を履き、長い杖を持ち、修験者の衣装を身に纏った凶暴な人型妖怪とされています。
遠野物語は、柳田國男氏が1912年に発表した民話集で、佐々木喜善氏によって語られた遠野地方の伝説を編纂したものです。
遠野物語には、遠野に伝わる民間伝承が119話まとめられており、また続いて出された『遠野物語拾遺』には299話が収められています。
ただ、やはり内容は、あまり陽気なものはなく、河童や座敷童、神隠しなどの怪談を扱ったものが主で、登場人物のほとんどが見るも無残な、悲惨な末路をたどります。その中に登場する天狗は、山の怪異を代表する存在として、多様な姿と物語で描かれています。
ところで、天狗は、天狗倒し(山中で大木を切り倒す音がするが行ってみると何事もない)、天狗笑い(山中でおおぜいの人の声や高笑いする声が聞こえる)、天狗つぶて(大小の石がどこからともなくバラバラと飛んでくる)、天狗ゆすり(夜、山小屋などがゆさゆさと揺れる)、天狗火、天狗の太鼓などさまざまな怪異を働くとされています。
1. 遠野物語で登場する天狗
遠野物語における天狗は、一般的に知られる天狗のイメージと共通する部分もあれば、独自の特徴も持っています。一般に天狗は一本足の下駄を履き、長い杖を持ち、修験者のような衣装を身に纏っています。時には、非常に大きな体躯で、赤ら顔をしているとも描写されます。
そして、天狗は山の怪異の代表格であり、山を支配する存在でもあります。天狗は人間に対して敵対的な場合もあれば、友好的な場合もあります。神通力を持ち、人間には理解できない力を使うのです。
2. 遠野物語に描かれる天狗の多様な側面
遠野物語に登場する天狗は、一様ではなく、以下のように多様な側面を持っています。
(1)山の神としての側面:
山を支配し、自然の力を象徴する存在として、畏怖の念を抱かせます。人間の領域を超える、畏怖すべき存在として描かれています。
(2)妖怪としての側面:
人間に災いをもたらす、恐ろしい存在としての一面も持ちます。人間の理解を超えた力で、怪異を引き起こすこともあります。
(3)人間的な側面:
酒を好み、人間に友好的な一面も持つ天狗も登場します。そして人間の世界に興味を持ち、交流を求めるのです。
3. 遠野物語における天狗の具体的な話
遠野物語には、天狗に関する興味深い話がいくつか収録されています。
(1)天狗の神隠し:遠野物語 二十九話
この話は、遠野地方にそびえる薬師岳で起こったとされる神隠しの伝承です。
薬師岳は、古くから霊山として崇められており、天狗が住む山として恐れられていました。
当時の人々は、山には人間の理解を超えた力が存在すると信じており、神隠しは天狗の仕業だと考えられていました。
ここでは薬師岳に入った人が、突然姿を消してしまうという神隠しの現象が語られています。神隠しに遭った人は、二度と戻ってくることはなく、異界へと連れ去られてしまうと信じられていました。人々は、山に入る際には天狗への畏敬の念を忘れず、注意深く行動する必要がありました。
この神隠しにあったものは、村の人が何日もかけて山中を探しても見つからなかったと言う記述があります。
この話は、自然への畏怖の念を人々に植え付けるためのものであったと考えられます。
人間は自然の前では無力であり、謙虚な気持ちを持つことの大切さを教えています。
また、未知の世界への好奇心と恐怖心を同時に抱かせることで、人々の想像力を掻き立てていたと考えられます。
当時の人達は、天狗の存在を信じており、安易に山に入る事への警告の意味もあったと思われます。
この物語は現代においても、自然災害や事故など、人間の力では及ばない出来事は数多く存在します。
この話は、現代に生きる私たちにとっても、自然への畏敬の念を忘れずに、謙虚な気持ちを持つことの大切さを教えてくれています。
現代社会において忘れがちな、自然に対する畏怖の念を思い出させてくれる話です。
(2)天狗の祟り:遠野物語 九十話
舞台は、岩手県遠野地方にある「天狗森」という山です。
この山は、古くから天狗が多く住むとされ、人々から恐れられていました。物語は、天狗森の麓の桑畑で働く若者が体験した出来事を描いています。
桑畑で仕事をしていた若者が、ひどく眠くなり、あぜ道で休もうとしました。
すると、真っ赤な顔をした巨大な男が現れました。
若者は、その男に挑みかかりましたが、逆に吹き飛ばされて気を失ってしまいます。
その後、若者はその秋に早池峯の麓へ村人と萩を刈りに行った際に、深い谷の奥で手足を抜き取られた無残な姿で発見されます。この出来事は、天狗森に住む天狗の祟りだと考えられ
この物語は、天狗の恐ろしさと、自然への畏怖の念を人々に伝えることを目的としていたと考えられます。天狗の住む山を荒らすことへの戒め、安易に自然に立ち入ることへの警告の意味合いが込められています。また、人間の力を過信することへの戒めとも解釈できます。
この物語は現代においても、自然に対する謙虚な気持ちを持つことの大切さを教えています。
また、未知の存在に対する畏敬の念を持つことの重要性も示唆しています。
安易な気持ちで自然の中に入ると、思いもよらない危険にあう可能性があるという警告にも繋がるでしょう。
(3)天狗との交流:遠野物語 五十八話
この話は、天狗が人里に現れ、人間と交流する様子を描いています。
当時の人々は、天狗を恐ろしい存在としてだけでなく、時には友好的な関係を築くこともあったことが伺えます。
天狗は、山に住む神聖な存在でありながら、人間的な一面も持ち合わせていたと考えられます。
天狗が人里に現れ、酒を求める場面が描かれています。
人間が酒を与えると、天狗は喜んで仕事を手伝ってくれることがあります。
例えば、農作業を手伝ったり、山仕事を手伝ったりすることがあったとされています。
この話は、天狗と人間との間に、ある種の取引関係が存在していたことを示唆しています。
人間は、天狗に酒や食べ物を供えることで、天狗の力を借りていたと考えられます。
この物語は、天狗にも人間のような一面があることを示唆しています。
天狗を恐れるだけでなく、時には友好的な関係を築くことも可能であることを教えています。自然の中に住む、人知を超えた存在と人間との共存の可能性を示唆しています。
この物語は現代においても、異文化交流や異種間交流において、相互理解と尊重が重要であることを教えています。
また、自然との共生を考える上で、人間中心の考え方ではなく、自然との調和を重視することの大切さを教えています。
人間と自然との関わり方について、改めて考えさせられる話です。
(4)天狗の知恵:遠野物語 七十話
この物語は、山中で道に迷った人が天狗に助けられるという内容です。当時の人々は、山には天狗をはじめとする様々な超自然的な存在が住んでいると信じていました。
そのため、山中で道に迷うことは、非常に危険な状況であると考えられていました。
山中で道に迷った人が、天狗に出会います。
天狗は、道案内だけでなく、様々な知恵を授けてくれます。
例えば、山の天気や動植物に関する知識、あるいは人生に関する教訓などを与えることがあったとされています。この話は、天狗が単なる恐ろしい存在ではなく、知恵を持つ存在としても捉えられていたことを示しています。この話は、当時の人々が天狗を畏敬の対象としてだけでなく、時には頼りになる存在としても捉えていたことが伺えます。
この物語は、天狗が自然の知識や知恵を持っていることを示しています。自然に対する畏敬の念を持つことの重要性を教えています。
また、困った時には、自然の中に助けを求めることもできるという希望を与えています。
この物語は現代においても、自然の中に様々な知識や知恵が隠されていることを教えています。自然との共生を考える上で、自然から学ぶことの大切さを教えています。
現代社会において、人間が自然から学ぶべき教訓は多いという事を示唆しています。
4. 天狗が人々に伝えたかった教訓
遠野物語における天狗は、単なる妖怪ではなく、人間の心理や自然観を反映した、奥深い存在です。
ひとつには人間が自然に対して抱く畏怖の念を象徴しています。人間の力では及ばない、自然の力を示すことで、自然への敬意を促していたと考えられます。
ふたつめは人間の世界とは異なる、異界への憧憬を象徴しています。人間の日常を超えた、未知の世界への興味を示すことで、人々の想像力を掻き立てていたと考えられます。
三つめは天狗の多様な側面は、人間の多様性を象徴しています。人間もまた、善悪や多様な側面を持っている事を示唆しています。
5. 現代における天狗の意義
現代においても、遠野物語に登場する天狗は、私たちに多くの示唆を与えてくれます。
・天狗の物語は、自然を畏れ、敬う気持ちを持つことの大切さを教えてくれます。自然との共生を考える上で、重要な示唆を与えてくれます。
・異なる価値観や文化を理解し、尊重することの大切さを教えてくれます。
・現代社会における多様性の尊重を考える上で、重要な示唆を与えてくれます。
・未知の世界への想像力を持ち続けることの大切さを教えてくれます。
・現代社会において失われつつある、想像力の重要性を再認識させてくれます。
このように遠野物語に登場する天狗は、私たちに多くのことを教えてくれる、貴重な存在です。ぜひ、遠野物語を手に取り、天狗の世界に触れてみてください。
天狗の文献
日本書紀 | 天狗の概念が文献に登場 |
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宇津保物語 | はるかな山に住む天狗 |
今昔物語集 | 仏教説話に登場 |
太平記 | 政治の表舞台に登場 |
是害坊絵巻 | 比叡山の僧と法力比べ |
源氏物語 | 人間の世界に干渉 |
保元物語 | 日本三大怨霊の登場 |
遠野物語 | 山の怪の代表格 |