甲州街道訪ね歩き

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鬼の意義

 岡山県の吉備地方に伝わる伝統芸能、「鬼の舞踏り」は、吉備津神社や吉備大臣神社などの神社で行われます。

 鬼の面をつけた男たちが、太鼓や笛の音に合わせて勇壮に踊る様子は、見る者に強い印象を与えます。
鬼の舞踏りは、古くは鬼退治の神事として行われていたと言われています。
鬼の舞踏りには、吉備地方の各地で異なる流派や特色がありますが、その中でも有名なのが「吉備津神社の鬼の舞踏り」です。

 この舞踏りは、毎年5月3日に吉備津神社で行われる例祭の一部として、夜に境内で披露されます。吉備津神社の鬼の舞踏りは、鬼の面をつけた男たちが、鬼の首を切り落とすという物語を踊りで表現します。この物語は、岡山県に伝わる「温羅伝説」と関係があると言われています。

 温羅伝説とは、鬼の首領である温羅が、吉備津彦命によって退治されたという伝説です。温羅の首は、吉備津神社の釜の下に埋められたとされています。
鬼の舞踏りは、吉備地方の歴史や文化を伝える貴重な芸能です。鬼の舞踏りは、日本の伝統文化として大切にされています。

 ところで、そもそも鬼の舞踏りとは、日本各地に伝わる民俗芸能の一種で、鬼の面をつけて踊るものを指します。鬼の舞踏りは、地域によって名称や形式が異なりますが、共通しているのは、鬼が仏の化身や神の使いとして、邪気を払ったり、豊作や疫病退散を祈ったりするという意味合いがあることです。
鬼の舞踏りの起源は、古代インドの仏教に由来するという説があります。仏教では、鬼は悪魔ではなく、仏の教えに従って修行する者や、仏の教えを広める者として尊ばれていました。

 鬼は、五大明王と呼ばれる仏の化身として、方位や季節に応じて、白・赤・青・黒・黄の五色の面をつけて現れます。
 鬼の舞踏りは、この五大明王の面をつけて、念仏を唱えながら踊るものと考えられています。鬼の舞踏りは、日本に伝来した後、各地で独自の発展を遂げました。