天狗は,天狗倒し(山中で大木を切り倒す音がするが行ってみると何事もない),天狗笑い(山中でおおぜいの人の声や高笑いする声が聞こえる),天狗つぶて(大小の石がどこからともなくバラバラと飛んでくる),天狗ゆすり(夜,山小屋などがゆさゆさと揺れる),天狗火,天狗の太鼓などさまざまな怪異を働くが,こうした怪音,怪火の現象は山の神などの神意のあらわれと信じられ,山小屋の向きを変えたり,山の神をまつって仕事を休んだりした。
伊豆の国市奈古谷にある古刹・国清寺に伝わる天狗伝説
国清寺は、1362(貞治元)年、室町幕府の有力者・畠山国清(はたけやまくにきよ)が創建したとされ、1368(応 安元)年関東管領の上杉憲顕が本格的な寺として修築した寺です。
最盛期には子院78、末寺300を擁する壮大な伽藍となり、室町幕府3代将軍足利義満の時には関東十刹に加えられました。仏殿には、鎌倉時代慶派の作による釈迦如来像が安置され、境内には、開基・
開山の墓や、旧楓林庵の子育て地蔵などが残されています。
さて、蔓延元年(1860年)三月、石井一兆と言う子坊が奈古谷の国清寺にいたといいます。悪たれ小僧で近所の子供たちと遊ぶのに夢中で、お勤めに身が入りません。
和尚さんがお出かけで不在の時などは、一兆さんは修行もせず、村の子供たちとコマ回しをして遊んでいました。
一兆さんのコマは強く、他のコマを弾き飛ばし、みんなのコマを巻き上げてしまうほどでした。
しかし、和尚さんは、心の広い人だったのでいつか真面目にお経をあげる様になってくれるだろうと見守っていました。
ある夜中、一兆が厠(便所)に行って戻ってくる途中、暗がりから黒い怪物が現れ、「おおっ、可愛い小坊主だぁ。俺たち天狗の仲間にしょう。」っと天狗達に囲まれてしまいました。
「いいか?!絶対目を開けるなよぉ!」っと言い放つと天狗は一兆を掴んで空高く舞い上がっていくのでした。
やがて、どこか分からない山の野原に降ろされ、また天狗達に囲まれてしまいました。「やいやい!おまえ、天狗になれ!!」と口々にはやし立てられてしまう一兆。
一兆は「許して下さい。天狗になるのは嫌です」と三日三晩、夜も昼も構いなく、食うものも食わずに泣き続け、しまいには涙も声も枯れ果ててしまいました。
すると天狗は「臆病者!それなら目をつぶれ。寺へ返してやる」と言うのでした。さて、その頃、国清寺では一兆がどこにもいないと大騒ぎになっていました。
そして和尚は寺の僧侶を集め、祈祷をして神隠しの解けることを祈のるのでした。
ところが、三日目の真夜中、わんわんという泣き声に、和尚が寺男に提灯を持たせて外へ出てみると、屋根の上に一兆が震えて立っているのでした。和尚たちは、提灯のあかりをたよりにようやく一兆を降ろすことが出来ました。
一兆というのは、実在の人物で、後に塔頭の高岩院住職となりました。また、今でも建長汁と共に、修行僧が食べている国清汁(こくしょうじる)はこの寺が発祥の地です。後に奈古谷高岩院の住職となり、明治44年5月、65歳で亡くなられたそうです。
「天狗にさらわれた一兆」(『伊豆の民話集』勝呂弘編 長倉書店刊)
河津七滝大蛇伝説
伊豆の河津には、下流から「大滝」「出会い滝」「カニ滝」「初景滝」「蛇滝」「エビ滝」「釜滝」 の順に七つの滝がならんでいます。ここでは昔から「滝」を「たる」と呼んでいます。天智天皇の御子、志貴の皇子が詠まれた歌が万葉集の中に収められてお
り、その歌の中に「たるみ(滝)」の古語があり、そこから「たる」と呼ぶようになったそうです。
そんな七滝には大蛇伝説があります。
その昔、日本に天狗というものが住んでいたころの話です。
伊豆の国、天城連邦の1つ万三郎岳に万三郎という天狗が美しい妻と二人で幸せに暮らしていました。万三郎は若くて気が やさしく、そのうえとても力があり、毎日 あたりの野山を飛び回り 沢山の獲物をとってくるのでした。
さて、妻のほうは夫のいない間に洗濯を済ませてしまおうと天城の八丁池でその美しい顔を水鏡に映しながら洗濯をするのでした。
ある日ふと、何かに気配を感じたので思わず顔を上げあたりを見回しましたが何もみあたりません そのまま洗濯を続けていました今度は風もないのにあたりの木や草がざわざわと音を立てて揺れ動きました。
驚いた万三郎の妻は、あわてて立ち上がると、七つも頭のある大蛇が自分を狙っているではありませんか。万三郎の妻は真っ青になり一目散に逃げ帰りました。
帰ってきた万三郎は 妻からその話を聞くやこれは大変な事になってしまったこのままに しておくと、いつ自分の妻がやられてしまうかわからない。しばらく考えて、万三郎はよいことを思いつき
妻に話しました。それは強いお酒を沢山つくって飲ませ、すきを見て首をとってしまおうというのでした。 二人は早速酒をつくり出来上がった酒を大きな七つの樽に入れ八丁池近くあちらこちらとおきました。
万三郎は剣を握りしめて、姿を隠し大蛇の現れるのを待ちました やがて空模様が怪しくなり、あたりの木々が音を立てて揺れはじめました。七つの頭をふりふり大きな口から火を吹きながら現れた大蛇はたちまち七つの樽を見つけ、
がぶがぶのみはじめました。
大きなたるが七つもあるのですから大蛇はすっかり 酔いがまわり、そのまま寝込んでしましました。それを見た万三郎は剣を抜いて大蛇の七つの首を 1つまた1つ切り落としていきました。
空も明るくなりました。するとどうしたことか大蛇の体はみるみるうちに川となり、七つの首の切り口は滝となって流れました。
こうした説が伝えられ、 いつのころからか河津の七滝のことをななだると呼ぶようになりました。 今もこの七滝は水の枯れることもなくその美しい姿を見せています。
伊豆稲取はさみ岩伝説
稲取の黒根岬へ行くと、奇妙な岩があります。大きな二つの岩の間に小さな岩が挟まっている岩です。
実はこの岩は陸から見るのは非常に困難で、現在はクルージングで見に行くことしかできません。
この岩は、ゴロタの海岸に二つの巨大な岩柱が並んで立っていて岩の高さは約10m!周囲が20m位のとっても大きな岩柱なんです!!
この二つの岩の間は約2m程間隔が空いているのですが伝説もあるんです。
大昔のこと、稲取の海岸は魚類をはじめエビ、あわび、さざえの宝庫だったのでこの海岸を巡って白田と稲取の2部落は絶えず争いを繰り返していました。
その頃、天城山には万二郎天狗と万三郎天狗という兄弟の天狗が住んでいて2人は人間たちが争うのを見かねて、ある日一計を思いつき万二郎と万三郎岳からそれぞれ大きな岩を運び、間に石をはさんで境界を作りました。
『これからは、このはさみ石が境界だ。もう争いはするなよ』と天狗達は村人の前でそう戒めの言葉を吐くと、再び天城の山へ帰って行きましたとさ。
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